「人事を制する者は経営を制す」

九州吉野ヶ里遺跡に行ってきました。


GWの休暇を利用して、「日本の働く」の原点を探りに九州吉野ヶ里遺跡に行ってきました。

この遺跡は、日本に農耕が広まった紀元前5世紀ごろから始まる弥生文化
の遺跡であり今の日本というクニ柄の原点でもあります。
「魏志倭人伝」に載る、邪馬台国の生活様式や集落の構えが、
そっくりなことでも注目を浴びる。


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多摩大教授の田坂広志さんが、ヘーゲルの弁証法から文明は、螺旋的発展に進化すると
唱えています。もし、この理論が正しいのであれば、この2千5百年前の
我々の先祖の行動は、私たちの「日本の未来の働くを創造する」という命題に
確かな方向を示してくれる。

貨幣経済が、生まれる前まで、人間にとって働くとは、喜びであったということ。

日本が縄文時代の狩猟採集による文化から脱却し、より豊かに生きるためには、
一人ひとりが力を合わせることが必要であった。この遺跡の大きさ、作り上げた
物やその生活様式をみて我々先祖の労働観が痛いほど分かります。
土地を耕し、農作物を保存する高床倉庫などの建物を建て、環濠や、堀、やぐら
などを築いてまもり、司法や機織、農耕具や武器を作るといった機能分化が進みます。

これは、一人ひとりが、エゴむき出しで行動していては、成し遂げることは出来ない新たな日本人の挑戦。
あんな広大な環濠を掘ることは、1人の人間で成し遂げることは出来ない。
我々の先祖である弥生人は、自分自身が豊かに生きるためにエゴをすて王様を立て、
和をモットーとした。それは、働くとは、日本の今まで大切にしてきた労働観。


働くとは、傍を楽にすること。

他人のため働くことが、自分自身をも豊かにするということが、きっと今の
日本人のDNAに刻まれるているに違いない。


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この遺跡の高いやぐらを見つめながら、この40ヘクタールにも及ぶ
吉野ヶ里の集落を築こうと集まった5000人もの集落に住む人たちの
思いに心を馳せる。


「より豊かに暮らしたい。そのためには、皆で力を合わし、この村を守ろう」
と。そして、収穫を喜び、祭りで踊り狂う5000名の住人たち。
「いやあ、一生懸命働いたなあ、お前のおかげだありがとう。」
と仲間を認め合う5000名の住人の喚起の歌声が、聞こえてくる。

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そして、また、
巫女を中心に
自然に祈り、感謝し、種まきから、田植えの時期、収穫の時期を神様と共に
決定し、王様が、集落の首長に伝え国を動かしていくという自然と共に
生きる弥生人の一年のサイクルが始まる。





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